六田知弘

MUDA TOMOHIRO >> Topics 2021

トピックス

写真家・六田知弘の近況 2021

展覧会や出版物、イベントの告知や六田知弘の近況報告を随時掲載していきます(毎週金曜日更新)。

過去のアーカイブ

2021.06.11 アカンサスの花
アカンサスの花

東京に戻ってきたら庭にアカンサスの花が咲いていました。
もう10年以上も前にフランス文化の研究者の方にいただいた株なのですが、大した世話もしていないのに毎年綺麗に咲いてくれます。
アカンサスは私が撮り続けていたロマネスクの教会や修道院などの柱頭にその葉がよく彫刻されていて、私にとってはアカンサス イコール ロマネスクなのですが、考えてみると遠く古代ギリシャの円柱の柱頭にも彫刻されていて、西洋では古くから最も親しまれてきた植物の一つなのでしょう。

ああ、早くまた、ヨーロッパに撮影に行けるようになってほしい!
アカンサスは私のこころをムズムズさせるマタタビみたいな存在なのかもしれません。猫にマタタビ、六田にアカンサス(笑)。(六田知弘)

 

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2021.06.04 龍瀧
龍瀧

先日、奈良県中東部に位置する東吉野村に行きました。
その最も東の三重県との県境近くにある七瀧八壺という渓流を目指して行ったのですが、その手前に鎮座する丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)にお参りしたところ、拝殿の賽銭箱の横に直径5cmほどの陶製の球が供物台の上に十個ほど載っていました。説明書きには、この玉に開けられた穴に祈願ごとを念じながら3回息を吹き入れて、近くにある東瀧(龍瀧とも呼ばれる)に投げ込むと願いがかなう、とありました。早速一個いただいて、神社の前を流れる川の対岸にある東瀧にいって、願いをこめて息を吹き入れ、滝の水が落下して白い水しぶきが立ち上がるところをめがけて玉を投げ入れました。ストライク! そんな声が瀧の音に混じってどこかから聞こえてきたと勘違いするほどど真ん中に命中。嬉しくなってカメラのズームレンズを望遠いっぱいにして、水の落下点に向けてシャッターを何回か切りました。そうしているうちになんと今まで梅雨のどんよりとした天気だったのに、いきなり、白い水しぶきにスポットライトのように陽が当たり、白銀色に輝きだしました。思わずシャッターを連続して押し続けました。そして、このトピックス用にスマホに切り替えて撮ったのがこの写真です。
この輝きが滝壺に棲むという龍が珠(ドラゴンボール)を受け取って、目覚めてくれたシルシなのだとしたらうれしいのですけれど・・・。(六田知弘)

 

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2021.05.28 皆既月食
皆既月食

26日はスーパームーンの皆既月食という事で、夜8時半頃から近くの広場に出て南西の空を眺めていました。
広場には二組ほどの親子連れも先に来ていましたが、私が住む東京の日野市は夕方からあいにくの曇り空。雲が西から東に流れているのでそれが切れたら地球の影に隠れた赤い月が微かにでも見えるかなと待っていたのですが厚い雲が切れても薄雲がかかっていて、親子連れはついに諦めて帰ってしまいました。
それから10分ほど後、空に仄かな点が見えたのでもしかしたらあれが月かと思い2、3回ほどシャッターをきった後、一度家に帰って出直す事にしました。
それから30分ほど後、玄関先から見上げた空に一点のオレンジ色の光の塊。雲に隠れて全体の形は分かりませんが、月に間違いありません。慌てて望遠レンズを付けたカメラを持って外に出ました。
厚い雲の切れ目から地球の影を背負った月が虚空にその姿を見せたのはほんの5分間ほど。天岩戸に隠れたアマテラスのように、あっという間にまたもや厚い雲に身を隠してしまいました。(いやアマテラスは太陽神なので違いますね。雰囲気的には虚空蔵菩薩でしょうか。)
さて、あの親子連れはあの姿を見ることはできたのでしょうか。(六田知弘)

 

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2021.05.21 アテネで買った古い写真 その2
アテネで買った古い写真 その2

前々回で昔にアテネの蚤の市で買った古い写真について書きましたが、今回はその続きにします。なんだか写真に写っている男の子が出たがっているように思えますので・・・。
年齢は10歳くらいでしょうか?何かの記念日に撮ったものでしょう。右手に鉄砲を持ち、軍服のような出で立ちでかしこまって写っています。もちろん軍服も鉄砲も子供の儀式用のものでしょう。この写真はいつ頃撮られたものなのか、ギリシアあたりでは現代もこういう格好で記念写真を撮ることがあるのかどうかわかりませんが、イニシエーションというか人生にとってのある種の節目の時なのでしょう。
カメラを向いた少年の目が、まるで時空を超えて自らがそこから出てきたタイムカプセルの扉を不思議な気持ちで見つめているかのように、揺らいでいます。
この目はどこかで見たことがある。そう思って遠い記憶をたどっていくと、母が子供の頃に写真館で撮った何かの時の記念写真にいき当たりました。少女であった母もこのギリシアの少年と同じような目をしてカメラに写っていました。(もっともその母のアルバムを見たのは私が子供だったころなので、記憶自体が相当曖昧なのですが・・・。)
さて、こんな目をして写った写真が私のアルバムの中にあったかどうか、そして私が撮った写真の中にこういうものがあるのかどうか、時間のある時に探してみようと思います。(六田知弘)(六田知弘)

 

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2021.05.14 古染の皿
古染の皿

先週に続いて古いものについてですが、枕元にある戸棚の引き出しを開けたら縦笛を吹く居士の絵が描かれた古染付の皿が出てきました。もう20年以上前に青山の骨董屋さんで安価で買ったものですが、これを手に取るのは何年ぶりでしょうか。
窓際の畳の上に置いてみたらなんとも懐かしい気分になりました。決して冷たくない柔らかい白地の真ん中にコバルトで小さく描かれた座して笛を奏でる居士の姿をみていると、そこからピーヒョロヒョロと笛の音が響いてくるような。暗い引き出しから出されて久しぶりに光を受けて居士がうれしくなって奏でてくれたのでしょう。
もちろんこれは私の気分の投影にすぎないのでしょうけれど・・・。(六田知弘)

 

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2021.05.07 アテネで買った古い写真
アテネで買った古い写真

もう35年以上になると思いますが、アテネの街角の骨董市で、プライベートのアルバムからはずしたと思われる古い家族写真や記念写真を見つけ、十数枚を千円ほどで買ったことがあります。帰国後それらを一つの額に入れて、タンスの上に飾っていたのですが、いつごろからか額の前にいろんなものを置いて隠れてしまい、長い間それがあることをほとんど忘れていたのですが、先日ふとしたことで目について、久しぶりに見てみると、なんとも心惹かれてしまいました。

ここに添付したのはそのうちの一枚です。ギリシャかその周辺のバルカンのどこかの地域で撮られたものでしょうか。全身黒い服で身を包んで(今はどうかわかりませんが、ギリシャあたりでは、未亡人になったらそのまま一生黒い服を着続ける風習があったようです。)椅子に座った老女とその横に立つよそ行きらしき服を着た短髪の少年が木のようなものが描かれた土塀の前でカメラに向かっています。おばあちゃんと孫息子なのでしょうか。少年は老婆の肩に片腕をのせてポーズをとっています。それにしても二人の風貌はなんと濃いことか・・・。
この写真が撮られたのはいつ頃でしょうか?私がこれを買ってからでも35年以上になるのだから70年、いやもしかしたら100年近く前に撮られたものかもしれません。そうすると写っている二人とも、おそらくもうこの世には存在しないでしょう。
それでもその影とも言える写真は強い存在感を持って迫ってきます。なぜそうなのか、その分析は他の人にお任せすることにして、私は、そうした機能を持つ写真術というものの虜になってしまっているのかもしれません。
この写真を見ていると、明治時代の写真家 小川一真が撮った無著像や月光菩薩像の写真を思い浮かべます。
写真というものは単なる記録の道具としてだけではなく、ものの「存在」ということを炙り出すような、本当は恐ろしい機能をもったものでもあるように思うのですが・・・。いかがでしょう。(六田知弘)

 

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2021.04.30 若葉して御目の雫・・・
若葉して御目の雫・・・

東京は昨日の雨模様から一変して今日は爽やかな快晴。駅近くで買い物をしてから高幡不動の裏山を歩いて戻る途中、若葉の間から揺らぎながら漏れ来る光のなかを二羽のキジバトがひょこひょこと歩いていました。この前も私の前を歩いていた同じ二羽なのでしょう。

若葉して御目の雫ぬぐはばや

唐招提寺にある鑑真和上像を詠んだ芭蕉の句が頭に浮かびました。
そして、若葉の季節に唐招提寺の金堂内の仏像を自然光のもとで撮りたいものだと思いました。(六田知弘)

 

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2021.04.23 牡丹の花
牡丹の花

今、奈良の二上山の麓にある石光寺に来ています。牡丹の花は今年は桜と同じく例年より早く、すでに終わりがけとのこと。それでも大輪の花があちこちに残っていてなかなか見事です。

今日は、ご住職に無理を言って、お堂の裏側にある萎れて切り取った花を捨ててある場所に連れて行っていただき、そこで山と積まれた牡丹の亡骸を撮らせていただきました。ご住職は、なんでこんなのを撮るのかわからん、わからんと訝しんでおられましたが、私としてもその説明などできるはずはありません。それでも1時間ほどほおっておいていただき気が済むまで撮る事ができました。有難いことです。
明日、施設に入っている母に会いにいきます。窓越しの面会ですが、さて今回は般若心経を唱えてくれるでしょうか。(六田知弘)

 

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2021.04.16 ハナミズキ
ハナミズキ

やっとのことで、確定申告を終えました。毎年そうなのですが、申告書を書くこと自体は一日か二日あればすむのですが、その作業に入るまでの時間が、私のような事務的な仕事が大の苦手で、めんどうくさがり屋にはかなりのストレスなのです。先日それをなんとか書き終えて、自宅から5キロほどのところにある税務署まで気晴らしに歩いて行って提出してきました。

その途中の道の両側にはハナミズキが白と赤、交互に植えられていて、今は、満開の花を咲かせています。低い空を背景に明るく淡い花びらが風にゆれていました。そういえば一昨年のちょうど今頃、奈良の施設にいる母に会いに行ったのを思い出しました。駅から施設までの道筋にハナミズキの花が満開でした。今年もそろそろ行きたいですが・・・。
ところで、私の息子が5年間勤めていた会社を辞めて、三月末からフリーのカメラマンとなりました。コロナのご時世で普段より尚一層容易ではありませんが、自ら選んだ生き方、なんとか自分なりの道を切り拓いていってもらいたいものです。(六田知弘)

 

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2021.04.09 トガリアミガサタケ
トガリアミガサタケ

先日自宅の庭に落ちた椿の花の写真を撮っていた時、木の傍(ここには息子が小さい時に飼っていたマタマタやニホンザリガニやサンショウウオ、そしてハイギョやアロワナなど古代魚などの様々な水生動物の亡骸が埋めてあります。)で一風変わったキノコを見つけました。子供の頃に図鑑で見たことがあるのですが、名前は思い出せません。ネットで春のキノコを調べてみると、ありました。「トガリアミガザタケ」。なるほど尖った網笠に見えます。
最近、こうした葉緑素を持たないキノコやカビなどの菌類や、動物と植物の境界線上にあるような変形菌などのアメーバの仲間など、人間の普段の意識や常識の外にあるような生き物の世界を覗いてみたいという気持ちが強くなってきました。子供の頃は、顕微鏡でプランクトンをよく覗いて、肉眼では見えないその形や動きに心躍らせながらながら観察ノートをつけていたものです。

今、私は全く偶然にヒトという形でここに存在しているのですが、それも宇宙の時間からすると一瞬とも言えないほどの短い現象でしかなく、またバラバラの無数の原子となって、その原子が他の原子と偶然にも結びつき、別の様々な現象となって現れる。それが、まさに無限の広がりを持って繰り返され、繰り広げられる。今度はもしかしたらこのトガリアミガサタケとして生まれかわるのかも、粘菌のひとつとして現れるのかも、宇宙の微塵として現れるのかも、どうなるのかは知りません。
そんなことをコロナ禍の閉塞感によるボケた頭で考えながら写真を撮り続けているこの頃です。(六田知弘)

 

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2021.04.02 大きな椿とスッポンの目覚め
大きな椿とスッポンの目覚め

津久井の友人の家の庭に、広げた掌ほどもある大きな椿の花がいくつも落ちていて、その上に桜の花びらが散っていました。写真をたくさん撮りました。撮っている間も、ときおりボトリと重い音をたてていくつかの塊が落ちてきました。

自宅の軒下の水槽にいるスッポンが冬眠から覚めました。20才以上の高齢?ですが、今年も澄んだ瞳をしています。
コロナ禍による閉塞感はもちろんあるのですが、なんとなくではありますが、新しい時代が始まったような気がします。(六田知弘)

 

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2021.03.26 ツバキの花
ツバキの花

東京のギャラリーでの写真展「時のイコン 2021」も今日が最終日。このご時世ですのでおいでいただいた方はそれほど多くはありませんが、お一人おひとりが時間をかけてじっくりと一つずつの写真、あるいは写されたモノと向き合っていただけたように思います。それこそ私の本望、嬉しいかぎりです。

今日は朝からえらく暖かく、ちょっと歩くと汗ばむほどで、高幡不動の裏山のヤマザクラも七分咲。白いコブシの花もほとんど満開。山道のあちこちには真っ赤なツバキの花が固まって落ちていて、花を踏まずに歩くのは難しいほど。地面一面に広がり落ちた椿の花が木漏れ日の中で揺らいでいるのを見ると、ああ、また一年が経ったのだと毎年のように思います。
さてこれからの一年どういう時になるのでしょうか。まだしばらくはコロナで不自由を強いられる事でしょうが、ジタバタしないで自分の今やるべきことを淡々とやっていければと思っています。(六田知弘)

 

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2021.03.19 天の川
天の川

東京での写真展「時のイコン 2021」の期間中ですが、所用で大阪と奈良に行っていました。
途中一日空いたので、吉野の天川(てんかわ)村に撮影に行きました。
天川村を流れる天の川(あまのかわ)は相変わらず澄んでいて、春先の陽光が川底の石をキラキラと輝かせていました。
川岸の林の木々の根っこや地面には、苔の絨毯が広がっています。寺社の境内では苔庭はそれほどめずらしくはないですが、自然の苔庭はそうお目にかかることはありません。(紀伊山脈の大台ヶ原にはかつて原生林の中に絵に描いたような自然の苔が一面に広がっているところが何ヶ所かあったのですが、行楽客を入れすぎて環境変化をもたらしたためか、鹿による食害によるものなのか、去年行ったら苔はほとんど無くなっていて愕然としました。)
天の川沿いの苔の中でも特に目をひいたのがこの苔です。名前はわかりませんが、緑の毛糸で作ったようななんとも言えないふわふわ感。そっと触ってみると乾いているけどうっすらと温かみのある、懐かしい、まるで近くの丹生川上神社下社にいる神馬の体に触れているようなうれしい感触でした。
そしてそこから少し下流に歩いたところで川の対岸を撮ったのがもう一つの写真です。未だ裸の木々の小枝が光を浴びて白く閃光のように輝いて見えました。
あと一週間もすればその枝々にも柔らかい新芽が吹いてくるのでしょう。(六田知弘)

 

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2021.03.12 写真展「時のイコン2021」
写真展「時のイコン2021」

3月1日からの金沢での写真展「時のイコン」につづいて、東日本大震災からちょうど10年となる昨日3月11日から東京の√Kというギャラリーで「時のイコン 2021」が始まりました。こちらは結構広いスペースなのでちょっと思い切った展示をしてみました。
あれから10年。長いようで、短かったようにも思えますが、さてその間で、世の中が、そして私自身がどう変わったのか、どう変わらなかったのか、展示をすることを通して見つめてみたいと思っているのですが、そんなことより、今日オープンした展示をあらためてみて驚いたことに、床や壁や水槽に展示された写真のひとつひとつが、異様なリアリティをもって、まるで蠢いているように見えるではありませんか。
これはどういう事態なのか私にはまだわかりませんが、瓦礫として処分され、この世にはすでに存在しない写されたそれぞれのモノたちが、言葉ではない、何か特殊な、しかし、結構明瞭な信号のようなものをこちらにむけて発しているように思うのです。その信号はいったい何を意味するものなのか、展覧会の期間中になんとか探りあてることができればと思っています。(六田知弘)

 

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2021.03.05 ウミユリの化石
ウミユリの化石

私のパソコンのモニターの上の台にはいくつかの化石や鉱物がのっているのですが、そのなかでも今日はウミユリの化石が目にとまり、手にとってながめています。
実は、4−5日前から左下の奥歯がもう我慢できないほど痛み、歯医者に行って神経をとってもらってやっと歯自体の激しい痛みは無くなったのですが、歯茎などの違和感がいまだに完全には治らず、何事にも集中仕切れない状態でいます。情けない。
でも、こうしてウミユリの化石を掌に載せていじっていると、気のせいか少し、その口中の気持ち悪さが軽減してきたように思われます。なんなんでしょう?
それにしても2億年も3億年も前に生きていた生物の姿が、石と化したとはいえ今ここにあり、自分の掌のなかにあるということの不思議。そして、私という存在にそれがなにかしらの作用を与えているようにも感じられること。単なる思い込みでしかないのかもしれませんが、不思議です。
写真を撮っている時、私は、被写体と私との間に何らかの重なりのようなものを感じるときがあります。いや、感じるというより、そうと認知する以前の状態なのですが、ある原始的な皮膚感覚のようなものかもしれません。私のうちの何パーセントかが被写体の中に入り込み、被写体の一部が私の中に入り込む。そして、お互いの波動が、重なり合い、共鳴する。そんな時に面白い写真が撮れている。そんな気がするのですが、手に載せたウミユリの化石と私とがなにかこれと似たような作用を及ぼしあっているのかもしれないと、ぼんやりと根拠のないことを考えています。

3月1日から、金沢駅前のポルテ金沢で「時のイコン」が始まりました。地元の新聞やテレビなどで紹介されて、ありがたいことに、多くの方々にご覧いただいているようです。また、3月11日からは東京でも「時のイコン 2021」が始まります。
自分と被写体が、どういう作用を及ぼしあったのか、なかったのか、それを十年後の私自身で、あらためて、会場で確認してみようと思っています。(六田知弘)

 

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2021.02.27 「時のイコン」東日本大震災から10年
「時のイコン」東日本大震災から10年

東日本大震災から間もなく10年となります。
それにあわせて金沢と東京で、写真展『時のイコン』をあらためて開催いたします。

先日、東京の会場に展示する大型の作品をプリントをしました。
プリンターからゆっくりと擦り出されてくる、津波にのまれ、地に打ち捨てられたモノたちの姿を見ていて、私にとっては見慣れた写真であるにもかかわらず、結構ドキリとしてしまいました。
それらは既に廃棄され、今はこの世には存在しないのに、こうして形を変えてこの世に再び現れ出てくる。写真だから当たり前のことなのに、何故か私の背筋にはしばらくのあいだ鳥肌が立ち続けていました。
写真というのはコワイものです。

金沢は、3月1日から3月12日まで金沢駅前のギャラリー「玄羅」とそれが入るビル「ポルテ金沢」にて、そして東京は神楽坂にあるギャラリー「√k」にて3月11日から3月26日までです。(六田知弘)

 

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2021.02.19 底冷えの大和
底冷えの大和

今週の奈良は冷えました。特に水曜日は朝から雪が舞い、あっという間に山も畑も雪化粧。北風も時々強く吹き、吹き飛ばされた樹上の雪が私めがけてシャワーのように降り落ちてきます。聞こえてくるのは風にしなる木々の葉擦れと降り落ちる雪の固まりが地面や灌木にあたる音だけ。
そんな天香具山(あまのかぐやま)やヤマトタケルノ尊の白鳥陵などで一人写真を撮っていると頭がくらくらとしてきて、いつしか異次元の世界に迷い込み、戻ってこれなくなるような、、、。アブナイ、アブナイ。(六田知弘)

 

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2021.02.12 ホームの塗料がハゲた柱
ホームの塗料がハゲた柱

3月11日からの「時のイコン 2021」の会場で展示の打ち合わせをした後、毎年東京の中野で開催されているアール・ブリュット展の最終日に行きました。
その作品たちのインパクトで私の脳はすっかりシビれてしまいました。そしてその頭のまま新幹線に乗って、2ヶ月ぶりに奈良に来ました。
橿原の実家に一泊して、翌朝お墓参りに行くために近鉄電車に乗って尺土駅で乗換えのためにホームで御所行きの電車を待っていた時、屋根を支える為の柱が目に入りました。そのハゲたペンキの色と模様が面白く、スマホでパチリ。そしてリュックに入った一眼レフカメラを出してさらに撮ろうとしたところで電車が入ってきました。シャッターを一回押したところで発車のアナウンス。慌てて飛び乗って、チェックをしたら案の定、見事なピンボケ。というわけでここにはスマホで撮ったものを載せました。(六田知弘)

 

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2021.02.05 春一番
春一番

昨日は、春一番が吹きました。
統計を取り始めてから最も早かったのだそうです。
風に煽られながら高幡不動の裏山を歩きました。木々がゴーと音をたてて激しく揺れています。空を見上げながら揺れる様子を写真に撮り続けていると脳みそが分解されてしまう様に感じます。
流石に春一番というだけあって寒くはありません。脇を見ると椿の花も西日を浴びながら揺さぶられています。引き千切られてしまうのじゃないかと見ていたのですが、まだ咲いたばかりの花なのでこれぐらいの風ではもげないのでしょう。
あと1、2ヶ月すると、地面一面に何百という赤い花が落ちるのですが、これを撮るのもまた楽しみです。(六田知弘)

 

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2021.01.29 バベルの塔
バベルの塔

自宅のパソコンのデスクトップピクチャーにはピーテル・ブリューゲルが描いた「バベルの塔」を使っています。
これは、10年近く前にウィーンの美術史美術館で私が撮った写真の画像です。いやー、あのブリューゲルの部屋はすごかった。なにせ子供の頃からの憧れだった「雪の狩人」や「子供の遊戯」や「農民の結婚式」そして「バベルの塔」などブリューゲルのすごい作品12点が一つの部屋にズラッと並んでいるのですから。写真撮影も許されているので、思う存分その部屋で、至福の一日を過ごしました。
それはさておき、この頃、パソコンを立ち上げるときに最初に目にするデスクトップの「バベルの塔」をみて、毎回、ふと頭をよぎることがあります。
この絵は、今の我々の姿を現しているのじゃないだろうか。
いうまでもなく、バベルの塔は旧約聖書の創世記に出てくる話ですが、人々は、神が作った石の代わりにレンガを、漆喰の代わりにアスファルトという技術を生み出し、それを用いて天に届くほどの高い塔をつくろうとする。自分たちの技術によって、天にいる神と同じ高さ、あるいはそれ以上のものを作り出すことができるのだという意識。進歩と発展を追求することだけがすなわちそのまま幸福につながるのだと、なんの疑いもなく信じて生きている。
背後の山野は切り拓かれ、道路や大規模な水道設備などを備えた大都市がすでに形作られ、左手前の丘上にいる塔の建設現場を視察している王やその家来らしき人々の表情は得意げです。しかし塔は、すでに左に傾いている。それに気づかないのか、我々は。(六田知弘)

 

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2021.01.22 鉄隕石
鉄隕石

私が外出時に持って出るバッグのポケットにはいつも小さな隕石がひとつ入っています。20年ほど前からそうしていて、海外に行く時にも忘れません。私にとってはある意味お守りの様なものかもしれません。
大きさは1.5センチ程でとても小さいものなのですが、鉄分が多い、いわゆる鉄隕石あるいは隕鉄と呼ばれる隕石なので手に取るとずっしりと重いです。この重さがまたたまらない。
隕石は宇宙空間にある(何十億年も前にできた)個体物質が地球などの惑星に溶解しながら落下してきたものの残骸ですが、それが私の掌にのっている事の不思議。
宇宙の時間からすると私という存在は一瞬とも言えない無に等しい現象です。それからみるとこの隕石は変化しながらも無限に近いほど長く存在するのでしょうが、それも永遠ではないわけで、私と同じく「宇宙のかけら」でしかないのです。その二つの現象が、この時ここで出会っているという事のフシギ。
掌にのせた隕石をコロコロと転がせていると不思議に心が落ち着くような気がします。(六田知弘)

 

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2021.01.15 玉の魚
玉の魚

年末から、コロナのせいで奈良にも行けずほとんど巣ごもり状態が続いています。毎日のようにパソコンに向かって以前に撮って未整理のままの写真画像のセレクトをしているのですが、自分でも気づいていなかった面白いものが写っていたり、同じ対象でも撮影した時期によって対象に向きあう自分の姿勢が全然ちがうことに気づいたり。これが結構面白い。
ヨーロッパの石の写真や壁の写真、国内で撮った石や水や木の写真、東日本大震災の被災地で撮った写真、そしてカンボジアの遺跡で撮った写真、はたまた北京の胡同の写真・・・。まだまだ埋もれたままのものがいっぱいです。コロナで自由に動きがとれない今は、それらの写真を発掘するための時期だと決めてコツコツと、楽しみながらやっていこうと思っています。
そういう作業をするパソコンの机の上にはごちゃごちゃと色んなものが載っているのですが、最近よく手にとるのが、この魚形の玉です。もう20年も前になりますが、北京の小さな店で安価で買ったもので、真贋も確たることは言えないし、西周時代の本物だとしても市場価値など大したものではないのですが、パソコンに向かって作業しながら指でその表面を触っているとなんとも心が落ち着きます。(六田知弘)

 

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2021.01.08 年末年始
年末年始

あけましておめでとうございます。
コロナの急激な蔓延で、例年とは髄分違う新年となりましたが皆さんどうお過ごしでしょうか。 私は暮れからほとんど巣ごもり状態で東京の自宅で本を読んだり、画集を見たり、未整理の写真を整理したり、こういう時期だからこそできる事をやるしかないと、閉塞感に押しつぶされないようなんとか耐えているのですが、昨日に首都圏でふたたび(非常に中途半端な感じがする)緊急事態宣言が出されるなど、こんな状態がいったいいつまで続くのか・・・。早く、カメラを持ってとびだしたい。
ともあれ、この年末年始に集中的に見たのはゴーギャンとクレーの画集ですが、なんとも言葉に表せないその底知れぬ魅力にグーッと引き込まれておりました。彼らは、(質はそれぞれ違うけれど、)「秘密の泉」の在り処を知っていて、そこから汲み取った水をこちらの世界に運んできて、我々に飲ませてくれる。私も写真でそれをしたいのです。

お互い、コロナはもとより心身の健康に十分気をつけて、また、写真展などでお目にかかれれる日を楽しみにしております。

(3月には、東日本大震災から10年という事で、金沢と東京のギャラリーで『時のイコン』の展覧会をする予定です。)(六田知弘)

 

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