六田知弘

MUDA TOMOHIRO >> Topics 2019

トピックス

写真家・六田知弘の近況 2019

展覧会や出版物、イベントの告知や六田知弘の近況報告を随時掲載していきます(毎週金曜日更新)。

過去のアーカイブ

2019.02.22 虫入りコパル
虫入りコパル

この前の日曜日、家から仕事場に行こうとして高幡不動の境内を通ったら、たまたま ござれ市という青空骨董市が開かれていました。久しぶりにぶらっと見て回っていると、結構大きめのコパルが十個ほど並べている店を見つけました。コパルはコハクと同じように樹液が固まってできた化石ですが、コハクほど古くはなく、数百年から古くても250万年程前ものです。ですのでそれほど希少価値があるわけではないのですが、結構その中に樹液を吸いに来た虫がそのままの状態で閉じ込められている事が多く、それが魅力で私もいくつか持っています。コパルを見かけると虫が入っているかほとんど反射的にチェックするのですが、今回見たものはいずれも非常に透明度が高い上に羽アリや蚊や甲虫など様々な種類の小さな昆虫が10センチほどのつらら状の飴色の塊ににざっと50匹ほども閉じ込められていました。値段を聞いたらなんと1,000円。すぐさま買い求めて藤野の仕事場に持って行き、早速、湖に面したガラス窓にセロテープでとめてスマホで写真を撮りました。
数万年前にこの世に生きて存在していたものが、そっくりそのままタイムカプセルのように閉じ込められている。その世界を覗き込んでいると自分もそこに入ってしまうような、なんとも不思議な感覚にとらわれてしまうのです。(六田知弘)

 

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2019.02.15 冬の湖面
冬の湖面

パソコン仕事や読書の合間に、窓から相模湖の湖面ぼうっと眺めます。
仕事場の真横に見える相模湖は冬になって水かさがどんどん減って、秋口と比べると水面が2メートル以上下がったようです。その分ちょっと水が遠ざかったように感じます。それでも窓越しに水面を見ていると心が落ち着き、癒されるのは確かです。
風のない日は、葉をおとした木々がその白い姿を逆さまに映し、冬になって数を増したホシハジロやオオバンやさまざまなカモの類の水鳥が静かに波紋を広げています。そしてその上を二羽のトンビが悠々と羽を広げて飛んでいたり、時にはカラスと餌を巡って空中戦を繰り広げたり。トンビは毎日のように見かけるのでおそらく近くに営巣しているのでしょう。昨日などは、目の前を大きく丸い目と鋭く下に曲がった嘴をもつ猛禽が通り過ぎて行きました。サシバかノスリか、おそらく鷹の一種でしょう。
そんな仕事場で、次は何を撮ろうかと夢をひろげています。(やっぱり「水と石」だという声がどこからともなく聞こえてくるように感じます。)(六田知弘)

 

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2019.02.08 石の夢
石の夢

先週のトピックスに書いた我が故郷奈良県御所市にある石光山古墳群を訪れた翌日、同じ金剛葛城の山脈に連なる二上山の麓にある鹿谷寺(ろくたんじ)跡横の石を撮りに行きました。これも石光寺古墳群のことを勧めてくれた知人に教えてもらったところですが、その石の前に立った瞬間、この石は見たことがあるという遠い記憶がよみがえりました。うっすらと苔むした高さ1メートル位の一本の先が尖った石柱が尾根筋にまるで鬼の角のように立っています。一見ヨーロッパのメンヒル(スタンディングストーン)と同じように見えますが、単独の石柱を地面に立てたというものではなく、その根っこの部分が地面とつながっているのです。凝灰岩の地面の一部が何らかの作用で削られてできたのでしょう。幼い頃に祖父に連れられよく金剛山や葛城山、二上山を歩きましたが、確かにこの石を見て触ったことがあるように思います。
今回訪れた時には、前日の雨模様と打って変わって心地よい冬晴れで、周りの細い木々が、その石柱や地面に影を落とし、風に揺れていました。1時間ほどその石の周りをぐるぐると回りながら、写真を撮っていたのですが、そうやっているうちになんだか、光と影の交錯のせいか、私の頭は軽いトランス状態に陥って現実と非現実との境界があいまいになってくるようでした。
それから三日後の朝方、ちょっと印象に残る夢をみました。
布団に入って仰向けに寝ていると、いきなり太い石の棒が私の下半身から頭の先まで突き刺さってきたのです。ちょうどこの鹿谷寺跡の石柱くらいの大きさです。私は、グワーッと声をあげたように思います。そして、石と私が一体化してしまったような感覚を感じました。気がつくと体がほてり、布団を足で蹴飛ばしていました。でもその時の気分は、決して苦痛というものではなく、宇宙のエネルギーのようなものが私の身体に注入されたような、そんな充足感というか、高揚感に満たされていたのでした。
石を撮っていくのだ、と思いました。 (六田知弘)

 

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2019.02.01 石光山古墳群の巨石
石光山古墳群の巨石

故郷である奈良県御所市には(神話時代の)天皇陵をはじめ数々の古墳があります。知人に勧められ、その中のひとつ石光山(せっこうざん)古墳群にに行ってきました。
葛城山の裾野の新興住宅地の一画にそこだけこんもりと木の茂った丘があり、ずっと前からあれは古墳に違いないと思っていたのですが、そこに入ったのは今回が初めてです。
予めネットで調べたところによると、そこは一つの古墳ではなく、一つの丘に5世紀から7世紀にかけて造られた小さな古墳が100ほども集まってある古墳群だという事。そして、丘の頂上には謎の巨石群があるとのこと。(古墳と巨石の関係は考古学的には不明とのことです。)
巨石と聞けば行かないわけにはいきません。
町の集会場横の石段を登っていくとほんの数分で丘を登りきることができたのですが、そこで目に飛び込んできた石のかたまりに思わずウワーッと声を上げてしまいました。ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、その出会いは私にとっては久々の衝撃でした。どう衝撃的だったのか。それは、いずれ写真展か写真集で皆さんにここで撮った写真を見ていただいく機会があると思いますが、その時、言葉ではなくもっと直観的なところでお伝えできることと思います。(今日はスマホで撮ったものをご覧いただきます。)
雨の中、気がつくと2時間半もその石の周りをグルグルと回りながらシャッターを押し続けていた様です。(そのため首や背中がバリバリで、帰宅後すぐに近くのマッサージ店に飛び込みました。)
私はこれまでイギリスやアイルランド、フランスなどヨーロッパの石をたくさん撮って来ましたが、日本の石はそれとは違った種類のパワーを発しているのを感じます。その力に対して我々日本人は古代から特殊な反応を示してきました。日本では石に神が宿るとされます。つまり神の依代として信仰の対象とされてきたのです。その事をしっかりと感じ、踏まえたうえで、礼を正して石に向き合う必要があるとつよく感じます。
そしてその上で、その石が発する波動そのものを、先入観や、言葉やイメージによる意味づけを可能な限り排除したニュートラルな状態に自分をおいて、直接的に、手に持つカメラに写し取っていければと思っています。(六田知弘)

 

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2019.01.25 庭には二羽のキジバトが
庭には二羽のキジバトが

東京では良い天気が続いていますが、朝晩は特に例年並によく冷えます。
新しい仕事場のある藤野あたりは、高尾山の西側(東京から見ると裏側)にあたり、周りに大きな町がないので、暗く深い寒空には冬の星が素晴らしくよく見えます。ダウンジャケットとネックウォーマーとスキー帽とマスクとで身を固めて星空を見上げながら仕事場から駅に向かって歩きます。数日前の満月も相模湖の湖面に冴え冴えとしたその身を映して揺れていました。
今朝は高幡不動の裏山の上にある自宅から駅に向かう住宅街を歩いていると二軒続いた家の庭を区切るフェンスの上に二羽のキジバトが首を縮め、からだを膨らませてピッタリと身を寄せ合ってとまっていたのでツーショット。
寒い季節は血圧が高めの私にはちょっと辛いけれど、それはそれで良いものですね。
藤野では甘い香りを漂わせて蝋梅が咲き始めました。梅の花もちらほらと。(六田知弘)

 

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2019.01.18
顔

奈良の実家の仏壇の横に私のご先祖様の写真が額に入れられかざってあります。私は月に一度、老人施設に入っている母に会いに行く時に仏壇にもお参りするのですが、いつも右目の端に見えるその額が気になります。一枚の大きな額の中には生前から知っている父や祖父、祖母などと一緒に曽祖父母、そしてその両親の写真などが10枚ほど入っています。そのなかでも特に私を惹き付けるのは、私から数えて四代前、つまり私の祖父の祖父である六田平七という人の顔です。なんといい顔をした人でしょう。
六田平七という人は、元々は「曙」というシコ名の関取だったそうですが、引退後、奈良県の御所で「あけぼの」という饅頭屋をはじめた人です。明治18年創業ですから今から120年ほど前になります。いまでも「あけぼ乃」は御所の駅前にあって、伝統的なものだけではなく様々な新しい工夫を凝らしたお饅頭も提供しています。
それはともあれ、平七さんの顔です。写真を見ていると、その気の充実した艶のある低い声が聞こえてくるようです。こんな顔をした人には滅多にお目にかかれないのではないでしょうか。もし同時代に生きていたならこの人のポートレートを撮りたかった。そして自分がもし生まれ変わることができるならこういう顔の人になりたい。そんな雑念を持ちながら仏壇に手を合わせています。(六田知弘)

 

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2019.01.11 天の青
天の青

ここのところ晴天の日が続いているので、高幡不動尊の裏山の頂上辺りから真っ白な富士山が連日のように見ることができます。
見上げると、紺碧の空に白い冬の雲が東から西に流れていきます。葉を落とした木々の枝が銀色に光りながら風に揺れています。それにしても何という青の深さでしょう。宇宙空間の色はこんな青をさらに濃くしたものかもしれません。今、自分がいる地球も宇宙の中に浮かんでいるのだという事を、そして自分という存在も宇宙の現れのひとつなのだと、こんな空を見ていると納得させられるような気がしてきます。
昨年は中国の北宋時代の汝窯というやきものをいくつも撮影しました。その汝窯の色を表す「天青」というのは、こういうのではと、ふと思いました。といってもこの色合いが汝窯のものと同じだと言っているのではなく、(一口に汝窯といっても一点一点こんなにも違うのかと思うほど多様な色合いです。)汝窯青磁だけが放つ独特の波長と近いものをこの空も発しているように感じたのです。 「天青」という言葉は明時代の書物で汝窯の色を表した「雨過天晴」からきているようですが、わたしは、雨後の空の薄青い色というより、雨後の雲の割れ目からのぞく深い青のことだとかねてから思っています。(あまり言う人はいないですが、汝窯青磁の器体それ自体というより、密かに施された沈線に溜まった釉溜まりの色こそ私が思う「天青色」なのです。)宇宙空間と同じような波長を持った青。「天の青」すなわち「宇宙の青」「Blue of the universe」は汝窯青磁だけが持つ、宇宙と繋がった青だと思うのです。

今年でこの トピックスも16年目に突入です。文章が大の苦手な私です。毎週、結構苦しみながら書いています。今年もどうぞよろしくお付き合いいただけますように。(六田知弘)

 

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