六田知弘

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トピックス

写真家・六田知弘の近況 2026

展覧会や出版物、イベントの告知や六田知弘の近況報告を随時掲載していきます(毎週金曜日更新)。

過去のアーカイブ

2026.03.27 法隆寺から飛んできた鳳凰と燕
法隆寺から飛んできた鳳凰と燕

つい先ほど、桜井の仕事場に法隆寺から鳳凰と燕が連れ添って飛んできてくれました。

先日執り行われた聖徳太子のご命日の法要 お会式の際にお厨子の前に置かれた大きな供物台 大山立のてっぺんに長い竹籤に刺されて宙を舞っていた供物の鳳凰と燕です。

お会式も無事終わり、寺の方から送ってきていただいたものですが、その製作段階からお会式本番までほとんど毎日写真を撮らせていただいたものですからなんとも嬉しく、すぐさま掌に載せてスマホで撮りました。
これを見ていると法隆寺のお坊さんたちやお寺で働く方々の一人ひとりのお顔が目に浮かんできます。そのお気持ちが鳳凰や燕になって飛んできてくれたようで、嬉しくてなりません。

昨年3月から奈良国立博物館の地下回廊で4期にわたって展示してきた写真展「三千世界 奈良国立博物館の名宝撰 写真家 六田知弘の眼」も29日(日)で終了となります。

ほんとうに食い入る様に身を乗り出してご覧いただいている方々の姿を見るにつけ、写真家冥利に尽きる思いです。
ご覧いただいた方々、そして奈良博の皆さまに心より感謝いたします。(六田知弘)

 

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2026.03.19 法隆寺のカワセミ
法隆寺のカワセミ

法隆寺の鏡池で瑠璃色のカワセミが水面に向かってダイビングするのを見ました。
一昨年、池の前にある聖霊院でちょうど聖徳太子の命日の法要お会式(おえしき)の時に来たときも一羽のカワセミを見たのですが、それと同一個体なのでしょうか?カワセミの生態はあまり知らないのですが、この池で繁殖しているわけではなくて近くの川などから飛んできたのでしょうけれど。
一昨年見たときから、カワセミと聖徳太子とが、私の中で結びついて、一つのイメージとして心のうちにあるように思います。
今、縁あって法隆寺を少しずつ撮らせていただいていますが、なんだかカワセミが私を導いてくれているような気がしています。(六田知弘)

 

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2026.03.13 桜井の山道で
桜井の山道で

先日、奈良桜井の仕事場近くの等彌(とみ)神社の裏から鳥見(とび)山に登りました。不思議な気配を感じる山でした。山といっても250m足らずのものですが。
伝承によると出雲系神族の長髄彦(ながすねひこ)が埋葬されたところとされますが、山道沿いには「庭殿」や「霊畤」など読み方もわからない地点名が記された標識がところどころにあって、まるで韓国か中国か東アジアのどこか異国の山を歩いているようでした。
尾根筋を下山中、西日を受けた木々の陰翳の中に自分もいることに気づいて一瞬ハッとして立ち止まってしまいました。(六田知弘)

 

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2026.03.06 薬師如来の手
薬師如来の手

先週の向源寺十一面観音立像に続いて、今週のnippon.comの連載「仏像にまみえる」には新薬師寺の薬師如来坐像がアップされました。

新薬師寺といえばバザラ大将をはじめとした十二神将像がよく知られていますが(今年最初の「仏像にまみえる」はその十二神将でした。) 、私は十二神将が取り囲む真ん中にドンと座すこの薬師如来像も子供の頃から大好きな存在でした。

見てください。薬壺を載せた左手と施無畏印を結ぶ肉厚の右手を!

自分が撮ったものなのに、ちょっとおかしいですが、今朝アップされたこの写真を見て、すぐにでもお寺に行って薬師如来の前に立ちたいという衝動に襲われている今の私です。(六田知弘)

 

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2026.02.27 向源寺 十一面観音像
向源寺 十一面観音像

2年前からWEB サイトnippon.comで連載している「仏像にまみえる-六田知弘の古仏巡礼」で今週 向源寺の十一面観音像が公開されました。

向源寺の十一面観音をはじめて見たのは学生の頃、像が発するほとばしる妖艶なエネルギーを浴びて動けなくなってしまった事をよく覚えています。子供の頃から奈良の仏像に親しんできた私にとってはあの刺激は衝撃でした。
あれから50年、私のほうは随分変わったでしょうが、観音様は何も変わらず、身体の深奥まで届くような独特の波動をカメラを向ける私に向かって発し続けてくださっていました。(六田知弘)

 

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2026.02.20 丸い三日月
丸い三日月

半日かかって途中までやったe-taxの確定申告のデータが、保存する前に、どういうわけか全部消えてしまって、呆然としている時に、奈良の知りあいの方から私のスマホに「今夜の月をみてください」という一言が添えられた三日月の写真が送られてきました。

そういえば今日は朝から一歩も外に出ていなかったなと思いながら、スマホを手に近くの見晴らしのきくところまで出てみました。

住宅の灯りの上には、影の部分も鮮明に見える三日月が、まさに宇宙空間の「天体」だと主張しているかのごとく、ちょっと怖いような存在感をもって浮かんでいました。

それに向かってスマホで写真を撮っているうちに確定申告のイライラもいつの間にか忘れてしまっていました。
気を取り直して、明日またやり直してみようと思います。(六田知弘)

 

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2026.02.13 三輪さんの光
三輪さんの光

大神神社(おおみわじんじゃ)に古いお札を納めに来ました。
新しい仕事場から約20分。今日は朝から快晴で西日が当たる時間になっても暖かく、とても気持ち良い日差しを受けて歩いてここまで来ました。

納札所から拝殿の前の鳥居まで石段を上ってくると,鳥居の右側の柱に刺されてある御幣に金色の西日がスポットライトのように当たって微かな風に揺れていました。

大和しうるわし
ここが私の故郷です。(六田知弘)

 

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2026.02.06 横丁の水槽
横丁の水槽

打ち合わせのために東京白金のギャラリーに行く途中、道を間違え横丁を曲がると、そこは高級マンションが立ち並ぶ表通りとは打って変わった町工場や昔ながらの八百屋さんなどが残るちょっとしたワンダーランド。

黄茶色のモルタル2階建の町工場らしい建物の道路に面した外壁には大きな水槽が二つ。
そこにはヒゴイやフナが溢れんばかりに入っていて、近づくとまるでゴンズイ玉のように集まってきます。そのちょっとグロテスクとも思える光景に思わずスマホを出して2-3枚。
魚たちは、おそらく幼魚の頃からここに入れられ、そのまま大きく育った、切るに切れない地域コミュニティのような、世界を共有する仲間たちなのでしょう。(六田知弘)

 

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2026.01.30 街角のポスト
街角のポスト

桜井の新しい仕事場から駅に行く途中の街角で古いポストがあるのを見つけました。
街並みに合わせてポストもあえて昭和のものを残したのでしょうが、レトロ調にして観光客を呼ぼうという下心のようなものはあまり見えてこなくて、心地よい街歩きを楽しめそうです。(六田知弘)

 

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2026.01.23 神社の光
神社の光

桜井の新しい仕事場の片付けの合間に近くを少し散策してみました。
歩いて5分ほどのところにある等彌(とみ)神社の境内に入った途端に懐かしい光に出会いました。
社を囲む杉木立の木漏れ日が、拝殿の柱や賽銭箱にチロチロと震え、揺れています。
ああ、ここには今も神さまがおわします。(六田知弘)

 

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2026.01.16 冬の富士山
冬の富士山

冬になると東京の高幡不動の裏山の上にある自宅近くから富士山がよく見えます。
特に日没の前後にはそのシルエットが印象的です。太陽の放射状の光を頂上に冠したいわゆるダイヤモンド富士も見える時もありますが、頂上に雲を引っ掛けて、雲と一緒に後光をまとったように輝く富士も魅力的です。

大和からは見えない富士山を背景に、ねぐらに帰る鳥たちを眺めていると、自分は暮れかかった空を行き来する一羽の小さな鳥のように思えてきます。(六田知弘)

 

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2026.01.09 桜井の仕事場
桜井の仕事場

正月あけ早々、奈良のほうの仕事場を橿原から隣りの桜井に移しました。
移転には西の京にしようとか、法隆寺の近くにしようとか、いろいろ迷い考えたのですが、やっとのことで落ち着き所を見つけた感じです。

昨夜はダンボール箱に囲まれた状態で、なんとか空間を作って布団を敷き、その横でコタツに入ってやっと一息ついたのが10時過ぎ。

そこはなんとも静かな空間です。
微かに聞こえてくるのは、窓の外の竹林が風にそよぐ音だけ。自然に息が深くなってきます。
こういうのは本当に久しぶりです。

片付け中に、たまたま開けたダンボール箱の一番上にあった宮沢賢治詩集を取りだしてコタツの上に載せてあったのですが、「春と修羅」をその静けさの中で読むというより目で追っているうちにウトウトとしてきたので布団に潜り込んらすぐさま朝までぐっすりと眠ってしまいました。

写真は、朝まだカーテンもつけていない南側の窓越しに見えた風景です。
日本の全ての仏像の中で私にとってのナンバーワン、あの十一面観音のおわす聖林寺も歩いていける距離にあり、その横の道を上っていくと大化の改新にゆかりのある多武峰 談山神社に続きます。
目線を右に移すと私が生まれた時から毎日仰いできた葛城山と金剛山が並んで見え、そして玄関側にまわると右手に大きく三輪山が。そして真北には卑弥呼の墓とも言われる箸墓古墳とその向こうに纏向遺跡、さらに左手には藤原京趾、畝傍山、そして二上山も望めます。

この風景の中で育った事が、良きにしろ悪しきにしろ今の私の仕事の原点。
70歳近くになって、これからどんな仕事をしていくのかわかりませんが、生きてゆく限り、大和という土地が持つ独特の引力からは逃れる事はできないように思います。(六田知弘)

 

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